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 ハヤシマドカのブローチ展、無事に終了しました。当初は、不安にかまけて、先ず躊躇して身動き取れなくなっていました。しかし、えいやと始めてしまって良かったです。mitta さんが勧めて下さったとか、以前通っていた版画教室に来ていたおじさんが「量を作りなさい」と言ってくれたこととか、それを手繰るようにしてブローチ作り、お人形を作り、絵を描きました。
 
 ショップカードというのも作りました。Pukkuri-na と言います。
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 足りないところもあったはずですが、お客様が、ブローチを選んで下さる瞬間に立ち会えて良かったです。本当にありがとうございました。

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 なお、こちらは、期間中 nagaya shop mitta さんでご紹介下さった記事です。
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by madozukin | 2013-11-16 02:21 | メモ
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 別の日のクロちゃんかどうか、いささか自信がないのですが、川を渡りかけて戻って来ました。邪魔してごめんよ。よくこの道を通るのですが、彼?も使っていたなんて、というときめき。
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by madozukin | 2012-03-08 18:36 | メモ
 暑くって溶け出します。わたしは、季節の変わり目をよくお風呂場で使っているタオル掛けに見出します。それは、空気の圧力でタイルに張り付いているモノ(吸盤)で、気圧が変わると大抵落ちます。

 大地震と原発事故と、起こらないと思っていたことが起こると、人は変わらざる得ません。気持ちが傷つくとは、具体的にそういうことなんだと思います。理屈じゃない。でも、今までを手放すのは怖く、習慣によって守られている自分というのもあってジレンマに陥ります。ちょうど、変わらなきゃと思いながら、いろいろ追いつかない時期にあるような。。

 刻々変わるツイッターの情報。良いような悪いような、ザクッと切り取ると、不安と機嫌の悪さが波のように模様を作っています。

 夏休みの思い出の一つに、小学生の頃、父親に連れられて原爆展へ行きました。被爆した人たちが、時間が経って、当時を思い出して描いた絵が展示されていました。父は学校の先生をしていて、教え子の企画したものらしく、それで見に行ったのではないかと思います。絵を描くことを仕事にしている(専門の教育を受けたり)人が描いたものではありません。素朴な絵です。そして、見られることを意識していない絵でもありました。

 一つの強烈な体験がある。刻印されるような。そして、その前後は描かれない、そういう絵でした。情感を描く余裕なんかとてもないのでした。

 話しは変わって、7月の最後に、一乗寺の恵文社で鈴木志保さんライブペインティングがありました。東日本大震災のチャリティーの一環として企画だとか。わたしは、彼女のデビュー作をつよく覚えていて、途切れ途切れに読み続けていたので、すごく行きたくなって行きました。
 鈴木さんのデビュー作は、大きなコンビナートがある町の女子高生の心象風景です。工場から酸素(オゾンだったか記憶が曖昧です)の匂いが流れ来るというモノローグが残っていて、好きを飛び越えてすごいと思いました。絵に匂いがあります。人が嫌い避けたがるモノが、絵として、語りの中に同居させらることに。
 
 最新作のたんぽぽ1-2-3もお勧めです。

 神様はどこかでお昼寝中、たぶん。そういう時、理念ばっかりの喧嘩は、辛くなる方へしか行かないなーと思いました。これが答えだって決めつけるせっかちな魔法使いに救われなくてもいいのです。
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by madozukin | 2011-08-09 18:23 | メモ
 台風が、午後には温帯低気圧になって良かったです。
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 イネルの扉には女の子が住んでいて、
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 踊っています。後半の一週間が始まりました。
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 お客様の来ない時間帯、イネルにあった「飛ぶ教室」という雑誌、長新太さんの追悼特集号を読んでいました。長谷川義史さんによるまんががすごく良かった。あたまのでっかいこけしみたいな女の子が長さんの髪を切らして下さいと追っかける。逃げる長さん。おならをしたり、大きな足の生えた靴に乗ったり、最後に脳みそを残して去るのだが、それはキャベツなのでした。素敵すぎる。脳みそだけどキャベツキャベツ。読書しちゃった。

 絵本でもまんがでも、描きたい人はたくさん居るが、描いてしまう人はなかなか居ないなんてことを思います。雨は降ったり止んだりでしょうが、どうぞイネルへ遊びにいらして下さいね。 
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by madozukin | 2011-05-29 21:25 | メモ
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 ウサギのは歯鋭い。前足は短い。長い耳はとても愛される。が、愛されるために長いわけではありません。ぴょんぴょん。本年もよろしくお願いいたします。
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by madozukin | 2011-01-03 16:11 | メモ
 mixiは秘密ごっこだし、ツイッターは乗りと反りで、ブログは見解なのかどうなのか。媒体で、人格が結構変わるような気がする。じぶんのは分からないから、人を観察していると、どうもそんな気がする。

 というわけで、mixiはしばしば重たくなりすぎるのである。秘密を強調しても、ごっごだと逃げてもいいのだが、読み手を想定できる辺りから、なんというかテキトーな秘密であることが収まりを良くする。

 というわけで、ツイッターは受け止めすぎてはいけない。深刻は最もかっこう悪いのである。にもかかわらず、親しい人が欲しくて、どんなに有名な人でも誰かにツイットしているが、横尾忠則さんはゼロだった。格好良すぎる。

 というわけで、ブログは完結する。mixiもツイッターも、読む他人なくして成立しない部分があるが、ブログは完結できる。
 
 人は、しばしば傷つかない世界を求める。しかし、傷つかない世界とは、同時に変化を拒む世界でもある。傷つかない世界が強調されるとき、世の中は、豊穣さとはかけ離れ単調になる。

 
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by madozukin | 2010-06-12 00:27 | メモ
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 昼顔を見つけると、初夏になったことを思います。庭ではミントとドクダミがすごい勢い。
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 Fクラフト紙の続き。白い襟は修正液。赤十字はマスキングテープです。
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by madozukin | 2010-06-07 15:49 | メモ
 Kang Tong Boy を聴いている。乱暴で勢いがあって野性に満ちている。音楽は、言葉によって限定されたくないときにはいい。

 知人のススメによって高橋源一郎のツィッターを読む。先生みたいだな。というか、高橋さんは、いま言葉を放流したい状態にあるのだろう。昨日とても夜更かししてしまったのは、それではなく、忌野清志郎の追悼番組を今更ながらYou Tubeで閲覧していたから。この人は、天然に見えて、自分と会話を続けてきた人だ。自分の声質について、一長一短だと言っていた。

 さて、その知人と、mixiの中で回顧と反芻と忘れ去ることについて話した。彼女は、残ることがそんなに良いこととは思えないという。でも、それは、悪い思い出ではないから回顧であろう。その時間に囚われずに踏み出したいという意味に感じ取れた。

 わたしは、じぶんの悪夢の離脱の方法を考えていて、彼女のサラリが出来にくいのである。良い思い出は、ありがとうとさようならを言いやすい。たぶん。今、思いつく最上の方法は、棚上げと不完全を許すこと。暗い部屋でもくもくと掃除を始めるようなイメージです。
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by madozukin | 2010-05-14 01:37 | メモ
 >やりたいことは、さっさと使い切って
  終わらせといたほうがいいんです。
  やりたいことを残しとくと
  タイムずれが起こっちゃうから。

 ほぼ日新聞の「訪問」、コズフィシュの巻より、祖父江慎さんの発言。006 なにもやりたくなくて、大丈夫の回です。これは、あくまでどう仕事に向かうかというお話しです。

 さて、うすうすは気付いていたけれど、ババアに言いはぐらかされて、いちばん困っている後遺症はこれだなぁ。時間の感覚が明らかに狂っていて、感情のチューニングがわたしのものではなく、自分のことをするのにどきどきしすぎてタイミングを逃します。しかし、悪気はありません。わたしも、これはネタなんだと思うことにします。

 人生を更生しようと考えると、怒りばかりが増すので、これを前提とする他ありますまい。いつもババアの機嫌を取らされていた、それは、全然面白くなかったということです。ババアは、ババアのことを一番に考えて欲しかった、そうすると満たされるから???という側面が大いにありました。

 そのことに関する否認も本人の問題。わたしとは関係なく、ババアのためのババアによるババアだけのファンタジーです。健気に見えるほうが、現実には愛されてなくても、愛される可能性が残されている気がしたというものでしょう。
 その見地から見ても、今話題の沢尻さんは、【どうでもいい人から愛されたいとは思わない】と啖呵を切られたも同然です。あのスカート丈は、女子高生の根性焼き的足出しであり決意表明です。幼すぎると揶揄する向きもありましょうが、そんなモノは、勢いで踏み出さずしてどうします。

 思い残して、恨みに酔いながら生きることはしない、と決めるだけでいいのです。
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by madozukin | 2010-05-02 03:23 | メモ
 遭難しないとわからないこと、遭難してもわからないこと、遭難したことがなくてわからないこと。ただし、本格的に遭難すると、生きて帰れないという難点があります。
 
 一度、遭難しそうになったことがありました。無事に家へ帰れるかどうか不安な状態でした。何とか家へ帰れはしましたが、そこを家と言っていいかどうか分かりません。魔女の魔法が支配していたからです。魔女の魔法は、自惚れと自己不信です。

 ヘンゼルとグレーテルみたいなお話し。捨てられたのに家が恋しく、お菓子の家に住むと、魔女に食べられる運命だなんて。

 わたしは、彼女がくれようとするお菓子を美味しく思えないのです。争って、食べたがる人の気持ちも理解できません。でも、彼女は、魅惑的できれいなケーキを焼くのです。
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 *画像は、春のカードフェアに出した作品の部分です。全体像が見たい方は、高円寺までたのしい春のお散歩をどうぞ。http://madozukin.exblog.jp/13933388/

 わたしはただ食べられたくない、それだけなんですよ。他のことはよく分かっていません。
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by madozukin | 2010-03-26 02:52 | メモ