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 きょう、犬が好きな女の子の気持ちについて考えた。わたしは、犬より猫が好きで、好きと言うよりあいまいな妥協していた。猫が欲しいわけでもない。単に犬の主人という責任を負いたくないのかもしれなかった。

 犬を好む女の子は、彼女自身が、主人でいたいのにちがいない。

 どろっとして、口をあーんと開けて泣きたいのに、そこでピタッと止まってしまうようなふしぎな展覧会だった。小説と陶のコラボレーション。「無名」という題がついている。読みながら観るという体験が面白かった。そして、あの犬とも狼とも言えないケモノが、内側にぽーんと飛び込んできたのだ。たくさん口を開けて。*東山三条 KUNST ARZT にて、11月1日まで。

 子供の時に母親から叱責されて、悲しくなって泣くのだが、激高した彼女に理詰めで問い詰められる。何かをやったんだと思う。何かやったから叱られているのだが、なんでやったんだと言われても、そんなの分からない。とっくに思い出せない。「泣くな」(甘えるなが言いたかったらしい)と言われても、泣いてしまって、シャックリが止まらなくなる。その時の不格好な、名付けるのがむつかしいなにか、何かを見たような気がした。

 高校生の姪っ子はウサギを飼っている。ウサギは口をあまり開けないな。バナナが好きなウサギらしい。
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 土曜日、大阪、星ヶ丘の小さな丘の上にあるソーイングギャラリーのイベントに行ってきました。渡辺ゆり(ななつきぐも)さんのギターの弾き語りと詩の朗読に、かつらしょうこさんのライブペインティング、そして雨もざーざー降っているのであります。外には緑、先日訪れたときは、植わったばかりだったゴーヤの苗もシュルシュルと蔓を伸ばし始めておりました。

 かつらさんは、普段から音楽演奏に合わせてライブペインティングをされているのですが、朗読といっしょに描くのははじめてとのこと。ゆりさんは、ソーイングギャラリーに友人の展示を見に来ていて、話が弾んで「ろうどくと、うたと、絵の会」をやることになったいきさつを、ライブの合間に語られました。
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 雨のしずくがてんてんてん。から始まって、詩の朗読になると、四角い額縁の中に読めないコトダマたちがひしめきます。大きな画面には、先ず太陽をそれから波を、裸足のかつらさんが描いてゆきます。一人の女の子の気持ちが詩に朗読されるとき、いつもは抽象を描くかつらさんは、そこに花を描き足したい気持ちになったとのこと。そして、雨は降り続けます。
 ゆりさんの声は、雨音をバックに、明るく慌てず心地よく響きます。生活することと、一人の女の子が花のようになっていく憧れ、それから歳を取っていくこと。題字の「うみも やまも そらをいだく」という言葉は、この会を催すにあたって、ゆりさんが考えられたそうです。

 最後には、アフリカの太鼓出てきて、かつらさんとお客さんがセッションする楽しい会になりました。
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 帰り道のアジサイ。
*お二人には画像掲載の許可を取ってあります。
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 ブロンズの女の子達が首が無くして、横たわっている部屋、赤のイメージが強烈だった。例えば、奈良美智さんの女の子達は、おなじく少女性を表していて怒ったりふて腐れたりすることはあっても、首を無くしたりはしない。目を瞑っていることはあってもそこに表情がある。

 イケムラレイコさんによる彼女たちは、首をはっきりと奪われたり、あるいは表情が定かではないのだった。しかし、顔を持たなくても、確固として少女性は真っ直ぐに志向される。ドローイングに表された女の子達も残像であり、動きはあるのに、表情を排していて気配ばかりが濃密である。

 自然と、女性であるより女の子であった時間について考えさせられた。千年後に地中奥深くから発掘された少女性。そう、少女性というものは、少年性と違ってあまり母親から歓迎されないんである。「わがまま」に属するようなものだからまず以て否定される。だから、当人も古代遺跡のように忘れてしまう。

 奈良さんの作品たちは言わば男の子の中にある少女性。変わり者のレッテルぐらいは貼られるかも知れないが、排斥はされない、今は良い時代なのである。イケムラさんの少女は、一度否定されてから、遺跡のように彼女の手によって発掘された。

 さて、母親でなく、他者から肯定される少女は何かを超越するような役目を託される。メンドウな。。美しさや無垢に始まって諸々の。イケムラさんの少女は、首を持たないことで、その鬱陶しい意味づけから辛くも逃れるのである。「でも、私はいるよ」という風に問いかけだけを残して。
http://www.momat.go.jp/Honkan/Leiko_Ikemura.html
 

  
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 北斎の肉筆画を見た時も思ったのだが、図録になることで、かえって生きるタイプの絵は存在する。

 古賀春江も、一枚一枚で見ると、なぜか気分が散じてしまうのだ。そして、この人はわりと早く亡くなっているので、中年以降がない。完成途中だったサーカスの景は、ふしぎな絵で、それまでに描いた4期に分類される、どの時期にも似ていない。もうすこしで見えそうだった予感が残り続ける。彼にだけ見えたもの。

 絵については、表されている内容ではなく、サイズがピンと来なかった。下絵やメモが展示されていて、作品と両方見比べられる展示の仕方の所為もあるのだろうが、大きさに混乱する。わたしにとって、ちょうどいい大きさが図録だったというわけ。

 なので、少々歯切れが悪い。

 >サイズは、絵の印象を変えると思った。大きくても、小さくても良いのだけど、ちょうどという分量みたいなもの。

 こちらは、ツイッターに書いた文章から引用。感想にもなっていない感想を書くと、もう少し大きかったり小さかったら、もっと好きになれたのにと思う。第一期の水彩や、第3期、クレーやミロの影響を受けた時期の絵は比較的安定している。それ故に、サーカスの景以降が気になってしかたない。
 
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 夢二を見るというので、大きなポンポンのついた白いベレーに赤いコート、ポケットの形で立体的に見えるグレーのスカートを掃いて洒落たのだ。その日、京都市内四条辺りは、泣きたいほど寒く、びっこを退かないと歩けないしもやけが出来ていた。しくしく。

 挿絵からスタートしただけあって、装丁に関するアイディアは天才的で、閃きの人だ。引き算が非常に上手く、描くスピードもさぞかし速かったろうと思われる。写生をすると分かるが、ふつうの人がモノの形に囚われ易いのに反して、夢二はニュアンスを引き出すセンスに抜群に長けていた。雑に描いているようで、彼自身の感じたエッセンスを自在に表現できたのだ。

 彼の理想の女性像は、夢二の愛した女性たちというより彼自身の投影であった。ただ恋愛にうつつを抜かした人には見えない。彼は、誰よりも彼自身に興味があった。現実には現実の生活があり、それとは別に、絵のためには何一つ惜しまないエゴイストなのだ。おそらくは。
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 これは、わたしの好みでない。家族から奨められた展示。しかしながら、美術とは何かを問い直す展示となっていて素晴らしかった。

 わたしは、美術は科学だと思っていて、それは間違いじゃないのである。本物そっくりに描かれた死んだウサギや山鳥、猟銃を薄暗いお城の一室で見せられたら、その客人はぎょっとしたことであろう。しかし、薬莢や血の匂いしないそれによくよく近づいた後、手を叩いて笑い出したに違いない。絵は、まず見せ物であり、実存を追求し、だまし絵はそれを裏切る。まるで、手品のように。

 ただの手品なら、人は、やがて忘れる。細密画は、一定の技術の習得が不可欠で、けれども、それだけでは記憶に残らないのである。技術があれば、再現は可能だが、記憶残る絵とは発見の喜びを伴うのである。今、はじめて見たかのような。。

 河鍋暁斎の幽霊の掛け軸がすてきだった。もっと暗くて、行灯の明かり見たら迫真だっただろう。

 そして、現実を写すとされる写真にも、わたしたちは騙されるのである。目(脳)は、意外と雑に見ていて、見たいものが見えるのである。本城直季のスモールプラネットは、わたしたちの目が如何に曖昧にばらばらに見ているかを教えてくれます。全体の焦点の合わせ方で、写真ですら、全く文脈が異なってくるのだと。
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 おんさ展の初日だったので中崎町のいとへんへ。作るときはどこまでも一人なので、完成した他人の作品を見ることは、とても刺激になりました。無我夢中で作っているので(泣きながら)、実を言うと、じぶんでも何を作っているのか半分程しか分かっていないのです。全部わかっているとそれは解説で、まあ、作品としてはかなり退屈です。
 そして、絵は、空間を得ることによって、何だかすごく生き生きすることを知りました。展示準備をして下さった方に深く感謝します。

 版画教室知り合った人とタイミング良く会えて、元気の出る言葉をたくさん貰いました。

 その後、近いと聞いたので、平面作品の会場へ向かいました。玉造商店街を歩き続けて、道に迷ったのだろうかと半信半疑になりかけたときにバイエルに辿り着きました。一枚一枚丁寧に見ました。素描だけど上手いな-、話してみたいなという作家さんが二人ほど。

 わたしは、ふわふわした感じよりも断固とした核がある作品が好きです。そこがわたしの意固地な部分とリンクするのでしょう。
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 056.gifおんさ第二回公募展へ出展しています。2009年7月15日(水)~7月26日(日)まで。場所は、大阪中崎町iTohenです。【月・火曜日が定休日となります。ご注意下さい】 どうぞよろしくお願いいたします。http://www.swimy.info/
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 ちちからお使いを頼まれなかったらたぶん行かなかった。図録を買うよう頼まれたのである。HPによると、結構な重さであることも判明したので、さっさと通販を選ぶ。

 それはそれとして、最終日になって、嘘はいかんなとか新日曜美術館で予習もしてるしのこのこ出掛けて行く。足どりも重く。しかし、それは思い掛けない出逢いとなった。

 美術品だけでなく、お寺の歴史の展示でもあるので、歴代の住持の肖像画が並ぶ。現代なら、連続当選を果たした国会議員が肖像がを描いて貰うように。様式が決まっていて、あまり特徴のない絵をぼんやりと見る。

 その効果が表れたのは後半の壁絵や屏風の展示になってからだ。妙心寺には、時の権力に沿わない気風があった。そのため、豊臣と関わりが深く、徳川から嫌疑をかけられた狩野山楽・山雪の作品も所蔵している。 情念のような葛藤ような梅の大木は、サルバドール・ダリにこそ見せたいなと思う。彼なら、何が書かれているか、誰よりも理解したでしょう。
 
 一人で観ていると、つい他の来館者の話し声に耳をそばだててしまうものだ。小さな男の子が、お父さんと一緒に来ていて、その説明が素晴らしかった。中国の賢人が、仙術を習いに来た場面では、仙術とは孫悟空のことだと子どもに分かる説明をしていた。鳥がたくさん飛んでいる絵の前では、これは自然をそのまま描いたものではないよと言っていた。わたしはえっと思ったが、よくよく観ればツバメとツルが同じ空間にいたのである。

 わたしにとって、貴重だったのは海北友雪の「龍雲図襖」である。代々の肖像画とのちがいが際立っていた。人は、漫然と描いていると、心細さから(もしくは雑念と言ってもいい)無駄な線を描いてしまうのである。その龍は、恐くて愛嬌があり複雑だった。だから、絵が動くのである。雪舟のねずみの話しのように。
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