<   2009年 01月 ( 8 )   > この月の画像一覧

 絵は、ある程度技術だと思っていましたが、製図を描くのとは違います。たのしくないなら止めてしまえばいい。製図は、製図として大事ですが、それだけでは絵になりません。絵は、発見です。入り口です。

 いま無理矢理自分の威厳を示そうとする人がいて、わたしは、奴隷ではないから奴隷のような卑屈を求められると不愉快です。しかし、その人は、自己疎外の空虚さを示してくれました。自分の感覚を信じられないということは、どんな立派な上着を着ても、なんとみじめなことでしょう。わたしの中にも、すごく認められたいという気持があるのですが、人ごとながらボーゼンとしました。ああなったらおしまいです。

 隣の爺さんの抱える負のエネルギーをちっとも分かっていなかった。わたしにも、人並に嫉妬する気持があり、その共感でしかありませんでした。隣の爺さんには、こころから楽しむという感覚が分からないのです。だから、嫉妬だけをエネルギーに生きているのです。わたしは、わたしにちゃんと優しくしてくれた、過去に出会った人たち感謝します。

 わたしに投げつけられた言葉は、彼女がまだうら若い頃家族によって無意識に投げつけられた心ないものの反復らしく、文脈がいびつに曲がっていてヒステリックでした。万事休すです。友人だと思う人に向かって、わたしは、あんな言い方はできません。そして、二度目です。
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by madozukin | 2009-01-28 23:46 | メモ
 彼から手紙をもらう。ほんとうは彼女だけど、振る舞いが何だかおとこらしいので、彼と言い習わす。いつものことだが、リクツだけご尤もで、面白味もユーモアもなく真面目だけが取り柄。

 嫌いなんだけど素材が面白いのよね。むかつくけれどやる気が出てしまう。向こうは、実際は気の小さい人で、そんなつもりで言っているわけではないみたいだが。
 たぶん、気が弱いことを隠しているから、牽制しないといけないらしい。おそらく、空っぽだから(自分の感覚を信頼しきれないから)、中身がある振りをしているみたい。大凡面白味はないのだが、青年の主張を聞いていると、若い頃のちちおやを思い出して興味深い。

 夢を見た。夢の中で、最後の演技に向かう緒形拳が出てきて、そこへ三浦被告がやってきて邪魔をしようとする。そこへ小さな女の子に戻ったわたしが「やめて、わたしのお父さんよ」というセリフを述べる。

 そこに、折り返しすごい噛みつきが。スーパー幼稚園児登場です。果たしてうまくスルー出来るかな。
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by madozukin | 2009-01-28 00:48 | メモ
 なにかが終わったような気がしたので、その相手に「終わりにしたい」と口に出してみたら、あっさり受理された。

 嫉妬について観察する。おかあさんの箱は、信頼ではなく嫉妬で相手をコントロールしようとしていた。気を持たせるが、肝心のそれは絶対に渡さないスタンスである。おかあさんの箱は、競争は分かるが愛情が分からないので、ときどき奇妙な振る舞いをした。ふしぎなタイミングで約束を破るのだ。
 どうやら「おかあさんの箱」にとって、愛情とは、トクベツのものらしい。それを食べたこともない癖に、見たことだってないのに、それについて長々と語る。それがどんなに素晴らしいか、また美しく、際立っているか。

 わたしは、そんなモノがあるのだろうかといっしょに夢想することを止めただけ。

 彼女はわたしに嘘をついていた。彼女が嘘をついたことがわかったのは、わたしもまた、以前似たような嘘をついたことがあるからだ。「さようなら」という言葉を並べてみる。センチメンタルだな。もっと遠くへ行きたい。あなたに引き留められたくないというのが正確な文句だったが、礼儀として、それは言わなかった。

 グダグダ言ってないで手の止まっている版画に取り掛かる。無心を取り戻す。言い訳を探さない。
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by madozukin | 2009-01-26 03:20 | 制作日誌
 あおい
 ちいさな
 二人乗りのボート
 タイムマシーンのつもりだったんだ
 おかあさんに叱られて
 どこへも行くところがなくて
 漕ぎ出しだら
 
 岸へもどれなくなった
 あのとき
 どうやって助けをもとめたのだっけ

 わたしは
 あの子より
 ひとつだけ年上だから
 あの子が泣いても
 しっかりしなきゃと思っていた

 助けてくれたのは
 通りかかった近所の人
 と駐在さん

 家に帰ったら
 もっと叱られたけど
 二人で漕ぎ出したとき
 水辺に波紋が立って
 ふあんと嬉しさが押しよせてどきどきした

 行くのだ
 ぴぃぃんと伸ばした
 指の先
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by madozukin | 2009-01-24 01:33 |
 お話を考えるには、おくぶかい森へ入ることになり、いつも泣いている小さな子どもが出てきて、わたしの気は重くなります。これ以上のことを知りたくもないのに。それはそれとして、現実世界もこなさないといけないので、1つの頭では対処しきれません。

 現実世界が嫌いです。厳密に言うと、わたしの頭から見える現実世界が嫌いです。とても歪んでいて感じやすく頭が痛くなります。ほんとうは、自分をちっとも大事に出来ないから、疑似親子関係を持とうとする人が気持ち悪くてたまりません。それに対応することを当たり前に思ってきましたが、こんなのをやさしいとは言わないと、昨日やっと気がつきました。
 
 何かをいっしょに作ることはできるが、わたしには、仲良しごっこはできません。それだけです。仲良しごっことは、仲良しになることだけを目的とした閉鎖的つき合いです。

 「おかあさんのいるほの暗い世界」と「おかあさんのいない薄明るい世界」のお話をいつも考えます。だって、子どもは絶対大人になりたいものだから、そのモチベーションだけは忘れないでいようと思います。旅立たない子どもは、大人にはならない、親にとってのみ極端に都合のいいペットも同然です。
 という考え方野蛮なのでしょう。でも、もう作れないというか、作ったことが何の意味ももたらさないどころか、ひどく有害です。
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by madozukin | 2009-01-23 01:37 | 制作日誌

 三人のウェンディと
 ティンカーベルと
 ピーターパンと

 まだ何も知らない人と
 秘密の何たるかを知ってしまった人と
 子どものようにたくらむ人と

 いっしょに
 あまいお茶を飲みましょう
 たっぷりバラのジャムを添えて
 あまいお茶をのみましょう
 蜜に浸った花は
 けれども
 キャベツにたがわぬ歯ごたえ

 退屈なほんとうと
 ユメのような毒薬と
 思いがけないしっぺ返しと
 
 上手くいっているかの錯覚は
 みんな僕の夢だったと
 ピーターパンが嘯いたので
 ティンカーベルは黙って居なくなりました

 いっしょに
 あまいお茶を飲みましょう
 しばし時を忘れて
 午後三時を半時ばかりすぎるまで

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by madozukin | 2009-01-15 17:21 |
 
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by madozukin | 2009-01-15 02:15
 灰色のコンクリ
 そらへそれへと伸びて
 夜になっても
 電気のつかない廃墟

 そう
 戦いは終わった
 終わっていみると
 意味などなかった

 みんな
 おおいに興奮して
 牽制しあい
 罵り合い
 最後にはほんものの爆弾まで落として
 見せつけて
 やっと終わった

 人の
 住まない
 高い
 ひやりと
 ビルディングだけが
 なにかの徴のように
 立ち竦む

 だれがいちばん正しいかという理由で
 ほんものの爆弾を落としたら
 害虫駆除したように
 誰もいなくなった
 誰も

 晴れた日に
 夕まぐれ
 ももいろの雲だけが
 渡る

 旅人は
 小さな息をひとつ
 それを止めることの出来なかった自分を悲しんだ
 わたしはむりょくだったと
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by madozukin | 2009-01-06 01:38 |