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 Coccoの傷跡を見た。それを写真に撮らせることで、彼女は、何かを下ろしたいのかもしれない。作品を通して、じぶんに否応なく被せられるであろうイメージや、そこから派生していくことなど。雑誌には、アームカットすることは、うんこをするぐらい自然なことで殊更に大騒ぎすることではないと書いてあった。

 そうなんだろうね。むしろ雑誌の方(取材側)が動揺している感じがある。けれども、わたしには、それを表に出すことが本人にとっていいことなのかどうか分からない。諸刃の剣だと思った。
 原初的な傷を抱え込むと、それによって鋭くなるものもあるけれど、そのためになかなか解けない怒りがある。それは、時間を掛けて馴れていくよりほかなくて(周囲の人間も)、期限で解決しない。解決しなければという思いが、強くはたらくと、却って怒りを強化されることがある。

 自分を守っていいのに、Coccoさん。自分を好きでいいのに。みんな、もっと鈍感でうぬぼれもつよいから、乗り越えて変化するのにとても時間がかかるのです。
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by madozukin | 2009-08-31 02:39 | メモ
 を引き剥がしそうになる。前髪をじぶんで切り揃えてみた。美容院の前で毛繕い中の猫を撮っていたら、シャッターが光って、飼い主が出て来た。もちろん、不審者ではないことは理解されたらしい。猫は、舐めるのに忙しくてじっとしていない。ぶれる。

 あー、人に理解されたいというじぶんの欲求が侘びしい。と言うより、こんなこと、もうどうでも良いんじゃねと思ったさ。ストーカーの美しい夢なんて燃えるゴミの日に出せばいい。
 
 大人になる前に死ななくて良かった。ストーカーの美しい夢とは、傷ついた親の、自己救済願望である。子であるわたしにはまるで関係のない。彼等は、じぶんの問題に直面するがこわくて、不思議な回避行動を行う。 被害者であることの強調、外部の遮断、自己像の理想化っていうやつを、例のモンスターがきっちり再現してくれた。ある意味感心した。
 えほんのネタににするには、毒性が強すぎて、もっと寝かせない駄目だなぁ。

 一昨日、「えほんでピクニック」で出会った人の絵がすごく良くて、頭がすっきりした。長新太さん並のナンセンスセンスを持っている作者と話し込む。原画も良いけど、絵本としてかっこいい。

 きょうは、マンガでなくて、絵本用のお話を作る。わたしのするするするする。
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by madozukin | 2009-08-24 01:07 | 制作日誌
 何もあまり吹っ切れていない気がします。わたしの頭の中まで追いかけてきて、後悔や自己嫌悪を促すのは、おそらくあの親たちの化身です。あの親と、人に無限に甘えたい不思議さんたちは、似ているけれども違います。区別がついているのが救いというか、でも、まだ振り向きそうなじぶんのこころ弱さを感じます。

 【実存の親が元気なうちに、脳の中の親を完全に捨てること。】

 依存は、感情の有刺鉄線なのね。感心。本谷有希子さんは、本当にお利口さん。信頼から引きはがされた人って、どこに住んでも、ムラだわ。信頼がないから、ただお互いに逃げ出さないように見張っているの。徹底して波風を感じない努力もする。ムラだから。

 美しいものは見ない。気持ちが揺れるとよくないから。客観的にならない。じぶんの行動を修正することに不安を感じるから。じぶんを信じない。まだ誰かが何とかしてくれると思いたいから。
 
 もろもろ含めて、切り落とさないと、あたらしい力なんて出ねーわ。
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by madozukin | 2009-08-23 02:14 | メモ
 >きっとああ未来があればいいの
 >きっともう宿題だせない

 バンド相対性理論の歌詞からの引用です。四角革命より。たった二行で未来を照らします。

 人の基本は自己中心性。困っていない人は、相変わらず、じぶんにだけ都合の良いことをうっかりと夢見る。だから、教育は、もともと勝つためではなく(プロセスにはそれもありだけど)、公共の有用性を理解するためにあった。
 あたらしくチームアンパンマンも立ち上げなくちゃ。

 その形は、もっと様々あっていいのにな。ちちの時代(怒りのばくはつ)は終わって、母の時代(欺まんの現状維持)も終わって、きぼうがあるかと言えばない。まだない。
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by madozukin | 2009-08-20 02:11 | 制作日誌
 この度の帰省でははを恨むまいと決心する。

 やっとだ。じぶんの下らないところはじぶんで引き受ける。というわけで、じぶんの共依存性を振り返ると、ざっくりそんないい人は居ねぇよということであろう。

 夏休み前に、某SNSで知り合って、親しくなった女性とマイミク関係を解消した。理由は、居心地が悪くて。しばらくはじぶんを偽っていたのだけども負担に耐えきれなくなったから。彼女にかかると、わたしは、まるで理想のおかあさんのようにいい人にされてしまう。わたしも、そんなに寛大でないじぶんを認める準備が出来ていたので、とうとうその旨を相手に告げた。

 わたしの共依存性と悪い共鳴を起こすタイプの人と、がんばってつき合いを続けること自体、何かとっても間違っている。離れた今は、彼女を腹立たしく思っていない。それでいい。
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by madozukin | 2009-08-16 01:41 | メモ
 わたしとは
 カッコとしているようで
 カッコとしない
 あいまいなもの

 カッコとしようとすると
 どんどん痩せていく
 カッコを外すと
 手に負えないぐらい膨れ上がるから

 カッコは半分
 残りの半分はあなた
 あなたも半分のカッコ
 それが会話です

 と原稿用紙が
 笑う
 と万年筆が
 カリリと音を止める

 すっぽりつつもれたいけれど
 全てを覆うと
 子宮の中を
 とてもなつかしく思い出すから

 ぼくは
 片方だけのカギ括弧を持って
 あなたをさがす

 あなたはどんなひとで
 ぼくはこんなひとと決めていたのに
 思い込みが崩れていく

 片方だけのカギ括弧では 
 なにも決定できないから
 ぼくは歌を歌おう

 いつか
 あなたのところへ
 届くように
 
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by madozukin | 2009-08-15 02:00 |
 血の中には
 愛情だの怨みだの
 喜びの悲しみの
 混じっている

 しかし
 わたしには
 ちっとも愛せない 
 他人の血のよう

 流れ続ける血は
 もはや新鮮ではなく
 怠惰な習慣
 倦怠のつづき

 わたしが
 はじめて血を流したとき
 嗤った両親
 目を逸らした兄弟

 わたしたちは
 どうせ利便性だ
 だから 
 人知れず奥歯が痛む

 あったかのような感情
 あるはずの愛情
 空っぽな演技が
 全部を支えているなんて

 滑稽だわと
 つぶやいた彼女の指先が震える
 耐えきれないと
 独り言するわたしの手も彷徨う

 愛情が人を救ったりしない
 彼女も知っている
 わたしも何となく分かっている
 
 食べたことのない人間にとって 
 この上なく翻弄されるパンは
 まるで
 毒そのもの

 化学物質は
 その苦い認識をにぶらせ
 辛うじて
 習慣を持続する
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by madozukin | 2009-08-10 16:47 |
 小説とは、じぶんの解体作業ではないかと思う。じぶんのままだと、それ以上さすらえないもん。変容できる人は書く(それしかできないのかもしれないが)、変容できない人は指を咥えて憧れる(それだっていい時間だけど)、変容しなくてもいい人は気にしない(何が起こっても気付かないこともあるけど)。

 ガラスの壁に、水性のペン(後で消せるように)で落書きした経験はたのしかった。空間が一変した。たまには、ノート以外のものに書くのもいい。じぶんが普段している作業について、肯定したり反省したり、四角い箱(じぶん)をこわすには、異質と出会うしかないと思う。存在を問われないと(すごく困らないと)、人は変わらないし、けれども下手をすると壊れてしまうのだ。

 shin-biであったいしいしんじさんの生小説の時間。
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by madozukin | 2009-08-10 01:05 | コトバ

 共依存という糊をベリベリ剥がしてしまった。だって、疲れたんだもん。こんなものを共有することに意味なんてありません。

 長いあいだ、親密と共依存を取り違えていたことを思う。怖がることに時間を費やしすぎた。共依存の人って、詰まるところ自己愛の強化へ行ってしまって、相手が誰でも同じなの。すごいな。相手が誰であっても、【この人はわたしをきっと愛してくれない】という自己確認の手段として使う。だから、【わたしは独立しない】の。さすがに三度目はないわ。

 喧嘩は良くないと思っていたが、喧嘩になった方が余程ましなこともあるもんで、上手く行っている錯覚は竜宮城の玉手箱並みに高くつくんだぜ。
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by madozukin | 2009-08-07 00:47
 迷いどんよりしていたら、嬉しさより楽しみを見つけなさいと、そのブログには書いてあった。

 わたしは、ちょっとだけ落ち込んでいたのだ。何故なら、ある人たちの、果たす可能性の低い約束をわざわざ口上する理由が理解できなかったから。しかし、抗議するほどの仲良しでもないからスルーだ。気持ちのある人は、わざわざやさしくなく、もっとさりげなくやさししいもの。
 
 わざわざやさしい人は、きっと七面倒な下心でもあるにちがいなく、そんなに無理をしている人はわたしとは合わない。ちちとモンスターがそのことを教えてくれた。彼等は、彼等の衝動を強化したいけれど(わたしには理解しがたい)、関係のない態度こそが肝要。吠えてるだけの人が勇敢なはずがなくひっそり臆病が隠されている。
 嫌われたくないってのは、ああ、何かの保険なのよね。おそらくは。わたしが、臆病から成長しないと、保険屋さんにいらない商品を買わされる仕組みらしい(苦笑)。。

 一つのことを貫くのは、華々しさではなく、毎日茶碗を洗うように花に水をやるように地味なことだ。バラの花は、三つ目の蕾の開花準備に入った。もちろん、誰も見ていない。
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by madozukin | 2009-08-04 23:14 | メモ