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 これは、わたしの好みでない。家族から奨められた展示。しかしながら、美術とは何かを問い直す展示となっていて素晴らしかった。

 わたしは、美術は科学だと思っていて、それは間違いじゃないのである。本物そっくりに描かれた死んだウサギや山鳥、猟銃を薄暗いお城の一室で見せられたら、その客人はぎょっとしたことであろう。しかし、薬莢や血の匂いしないそれによくよく近づいた後、手を叩いて笑い出したに違いない。絵は、まず見せ物であり、実存を追求し、だまし絵はそれを裏切る。まるで、手品のように。

 ただの手品なら、人は、やがて忘れる。細密画は、一定の技術の習得が不可欠で、けれども、それだけでは記憶に残らないのである。技術があれば、再現は可能だが、記憶残る絵とは発見の喜びを伴うのである。今、はじめて見たかのような。。

 河鍋暁斎の幽霊の掛け軸がすてきだった。もっと暗くて、行灯の明かり見たら迫真だっただろう。

 そして、現実を写すとされる写真にも、わたしたちは騙されるのである。目(脳)は、意外と雑に見ていて、見たいものが見えるのである。本城直季のスモールプラネットは、わたしたちの目が如何に曖昧にばらばらに見ているかを教えてくれます。全体の焦点の合わせ方で、写真ですら、全く文脈が異なってくるのだと。
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 もう止めたいとすぐに思う。それは、わたしに自信が無いからで、絵に自身がないというのとは微妙に違う。乗り越えなくちゃ。

 最初のやりとりは、オーバーだが宇宙語のようで、褒められていることしか分からなかった。今回、一つ認識が進んだことは、社交辞令の人ではなかったよ。

 わたしは無知で、こころの中のおかあさんと、こんなにも戦わなくてはならないと知らなかった。でも、たぶん戦って良いのだ。そこは戦うところなのだ。
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by madozukin | 2009-10-20 00:48 | 制作日誌
 人を信じることが難しい。いや、自分を許すことが難しいのだ。だから、萎縮しやすい。というところをぐるぐる回っている。

 でも、犯人捜しには意味がない。その人がこの問題を解決してくれるわけではないから。その人は、弱くて狡く、もう一度同じ言い訳をするであろう。わたしは、それを何度も聞かされて、もう聴かないことに決めたのだ。

 問題は、その人間関係の癖を引きずってしまうことにある。最初からだめだと思い込む、途中で投げ出したくなる、責任を感じすぎる等々。我慢強く修正すること。彼等と別れたのは、その関係性を繰り返さないため。そうそう、あれも依存症っぽくて、抜けるのに時間がかかるのだ。諦めない。

 フクシュウは簡単だけど、弱くて狡い人間に真意なんて伝わらないのである。ただ、通り過ぎればいい。
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by madozukin | 2009-10-17 01:35 | メモ
 わたしにとって、親が辛かったのは、トクベツにやさしい幻想というものを持ち続けていたからだ。なぜ、トクベツにやさしい幻想が子どもを傷つけるかというと、限度のないやさしさを強請られているも同然。人間は、じぶんのことをじぶんのこととして感じ取れないと、こういう間違いをやらかす。

 友人だと思っていた人たちは、言わば、この変形だった。

 いちばん言わなければならない相手に対して、じぶんの気持ちから逃げている人の求愛行動は、たいそう歪なものである。彼等の核にあるのが、怒りであれ淋しさであれ、そのことによって親以外相手に対しても開いてゆかない。彼等は、言えない気持ちを閉じることによって外界(親とも)とのバランスを保つ。
 わたしは、何も理解していなかったにちがいない。

 彼等は、じぶんをじぶんとして感じ取れない以上、上手く行ってる錯覚の方が大事なのだ。そのための関係性だった。気持ち悪いのはその所為だ。受動的で主体性がなく傷つきやすい故に感情をキープできない。はー。これってアンテナだからさ、矛盾を含むもので、健康な人は振れ幅を自覚している。

 強迫的な整合性の追求は、じぶんがいかに傷ついているかということの表現で、回収不能です。親は探さない方がいいでしょう。まず繰り返し同じ傷つき方することを止めることです。
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by madozukin | 2009-10-11 01:17 | メモ
 ボールを投げたらボールが返って来たので、気を入れ直して、制作続行。いや、作ればいいってもんでもなく、何かを通さないといけないのにそれが何だか分からなかった。意志の疎通が上手くいっていないときは、鼻が詰まっている状態に近く、血の巡りも悪いのだ。

 じぶんの役割が何なのか、理解できてこそ力の出しようもあるわけで、それはわたし流に翻訳すると相手をちゃんと「うっとりさせる」ということ。冷静は×。取り繕ったうつくしさも×。誘惑ではない。

 今から美容院へ行くのですが、ちょっと似てるか。髪を切って貰って、わたしの何かが変わるわけでもないけれど、ある作用及ぼす専門職という位置づけです。
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by madozukin | 2009-10-09 13:10 | 制作日誌
 人の話を聴きすぎるきらいがあります。しかし、どこかから断面をはっきりさせないと、決着がつかないのよね。果たし合いではありません。

 ただ今チームを組んでいます。お手並み拝見。しかし、まだ全然向こうの手が読めません。絵が下手なので、絵本の時は下書きを最低四回はするのですが、もっとたくさんやりました。線は生き物です。

 アマチュア体質なので、プロフェッショナルに憧れますが、それがあったらもっと何とかなってるわね。ぐふっ。今は、世の中に出回っているお金の量が少ない以上、たくさん稼ぐはそれほど美徳にならないかも。それでも、人は必要なモノは買うので、どう必要とされるかが仕事の有り様と思いました。
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by madozukin | 2009-10-02 00:01 | メモ