<   2011年 08月 ( 2 )   > この月の画像一覧

 海辺で星を拾う。
c0180752_1227914.jpg
ビーズを使っています。誰かの胸や帽子で輝いてほしいと思ったり。隣に映っているタツノオトシゴはブローチにはなっていません。布人形です。彼の目はくず真珠(不揃い小さい粒)です。深い海の底の話しをしてくれるように。

 海岸で拾いモノをするのは好きです。夢中になります。桜貝は基本的なところですが、波に洗われた石も好き。少年の持っている袋(透けるリボンで作りました)の中の貝は、去年逗子で拾ったもの。海辺で犬を連れた女性に「何を拾っておられるんですか?」と訊かれました。わたしの小さな浜辺。

 ただ今茨木のラ・ガルリの展示会場に広がっています。8月14日まで。火曜日と水曜日が休廊となっています。http://swimy.info/
 今日はお休みで、残すところ後四日間となりました。坪庭と天井の高いおもしろい空間です。どうぞ遊びに来て下さいね。*先程あと三日と書いたのは間違いです。訂正しました。
[PR]
by madozukin | 2011-08-10 12:47
 暑くって溶け出します。わたしは、季節の変わり目をよくお風呂場で使っているタオル掛けに見出します。それは、空気の圧力でタイルに張り付いているモノ(吸盤)で、気圧が変わると大抵落ちます。

 大地震と原発事故と、起こらないと思っていたことが起こると、人は変わらざる得ません。気持ちが傷つくとは、具体的にそういうことなんだと思います。理屈じゃない。でも、今までを手放すのは怖く、習慣によって守られている自分というのもあってジレンマに陥ります。ちょうど、変わらなきゃと思いながら、いろいろ追いつかない時期にあるような。。

 刻々変わるツイッターの情報。良いような悪いような、ザクッと切り取ると、不安と機嫌の悪さが波のように模様を作っています。

 夏休みの思い出の一つに、小学生の頃、父親に連れられて原爆展へ行きました。被爆した人たちが、時間が経って、当時を思い出して描いた絵が展示されていました。父は学校の先生をしていて、教え子の企画したものらしく、それで見に行ったのではないかと思います。絵を描くことを仕事にしている(専門の教育を受けたり)人が描いたものではありません。素朴な絵です。そして、見られることを意識していない絵でもありました。

 一つの強烈な体験がある。刻印されるような。そして、その前後は描かれない、そういう絵でした。情感を描く余裕なんかとてもないのでした。

 話しは変わって、7月の最後に、一乗寺の恵文社で鈴木志保さんライブペインティングがありました。東日本大震災のチャリティーの一環として企画だとか。わたしは、彼女のデビュー作をつよく覚えていて、途切れ途切れに読み続けていたので、すごく行きたくなって行きました。
 鈴木さんのデビュー作は、大きなコンビナートがある町の女子高生の心象風景です。工場から酸素(オゾンだったか記憶が曖昧です)の匂いが流れ来るというモノローグが残っていて、好きを飛び越えてすごいと思いました。絵に匂いがあります。人が嫌い避けたがるモノが、絵として、語りの中に同居させらることに。
 
 最新作のたんぽぽ1-2-3もお勧めです。

 神様はどこかでお昼寝中、たぶん。そういう時、理念ばっかりの喧嘩は、辛くなる方へしか行かないなーと思いました。これが答えだって決めつけるせっかちな魔法使いに救われなくてもいいのです。
[PR]
by madozukin | 2011-08-09 18:23 | メモ