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 くろい くろく 墨を垂らして

 草原を描く

 あかい あかく 名前のないはな

 あなたは誰ですか

 わすれられたかのように
 けれども
 凛と咲いている

 くろい くろい 墨の草原に
 ざっと風が走り
 はなは身じろぎもせず
 そこにある

 何のために咲くのでしょう
 
 咲くことに理由なんてないふうに
 はなはあかい なおあかく
 沈黙をまもりつづける

 わたしがあの人を好きだと思っていたことは
 都合の良い辻褄だったから
 言い訳することを止められない
 どんなに好きだったか(いやどのように執着したか)

 あかい あかく 名前のないはな
 今度は
 黙って咲けるでしょうか

 くろい くろく 墨野原

 あの人はわたしに都合の良い鏡のようで
 にこにこ笑って
 それから
 ぱりんとひび割れました

 くらく なおくらい ここに来て
 あかい あかく 名前のないはな
 じっとみつめます 
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by madozukin | 2011-10-21 02:34 |
 ブロンズの女の子達が首が無くして、横たわっている部屋、赤のイメージが強烈だった。例えば、奈良美智さんの女の子達は、おなじく少女性を表していて怒ったりふて腐れたりすることはあっても、首を無くしたりはしない。目を瞑っていることはあってもそこに表情がある。

 イケムラレイコさんによる彼女たちは、首をはっきりと奪われたり、あるいは表情が定かではないのだった。しかし、顔を持たなくても、確固として少女性は真っ直ぐに志向される。ドローイングに表された女の子達も残像であり、動きはあるのに、表情を排していて気配ばかりが濃密である。

 自然と、女性であるより女の子であった時間について考えさせられた。千年後に地中奥深くから発掘された少女性。そう、少女性というものは、少年性と違ってあまり母親から歓迎されないんである。「わがまま」に属するようなものだからまず以て否定される。だから、当人も古代遺跡のように忘れてしまう。

 奈良さんの作品たちは言わば男の子の中にある少女性。変わり者のレッテルぐらいは貼られるかも知れないが、排斥はされない、今は良い時代なのである。イケムラさんの少女は、一度否定されてから、遺跡のように彼女の手によって発掘された。

 さて、母親でなく、他者から肯定される少女は何かを超越するような役目を託される。メンドウな。。美しさや無垢に始まって諸々の。イケムラさんの少女は、首を持たないことで、その鬱陶しい意味づけから辛くも逃れるのである。「でも、私はいるよ」という風に問いかけだけを残して。
http://www.momat.go.jp/Honkan/Leiko_Ikemura.html
 

  
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 透明な
 秋のポストに
 コトンと手紙が落ちる

 あなたは
 そのままのあなたでいい
 つよかったり
 よわかったり
 風に踊るコスモス

 ね
 とてもつよいは
 とてもよわい
 ふ
 とてもよわいは
 とてもつよく
 
 ね
 悲しみがうつろうように
 よろこびも変わりゆく
 ふ
 どちらもあなたであるから
 片っぽだけのあなたでないから

 あなたはあなたのまま
 風に吹かれて
 また変わる
 あるいは変わらない部分を残し

 空に泡立つセイタカアワダチソウ
 ほんとうのわたしも
 うそ(きぼう)のわたしも
 混じって

 ね
 あんな風だったらてのも
 たのしい娯楽で
 ふ
 でもそれは他人(ひと)の人生だから
 またわたしに戻って

 いろいろいろいろ
 色はたくさん
 あふれて
 たくさんの色があるんだなと思う
 
 黄金色のマリーゴールドは
 花の重みに堪えかね
 月は今宵の一人言をもらし
 
 未来は
 きょうのわたしの呼吸のようにつづくから
 ふ 
 と息を静めます
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by madozukin | 2011-10-05 03:18 |