一年空きましたが、また、メリーゴーランドKYOTO にて作品展をやります。何となく描けなくて、しかし、その気だった頃のわたしが予約していたため、追い詰められて描き始めました。それまでの自負が、捻挫するようなことがあって(ある編集者さんが、時間を割いて作品を見て下さり、きびしい見解をいただきました)、ダラダラとしょげていたけど棚に上げます。

 すぐに褒められたいというのは、非常に気が短いことで、そういうじぶんと喧嘩したり逃げたりしてました。でも、作品を作り続けているひと達を見ていると、何か言われても、言われなくてもまず作る。姿勢が柔らかいのでした。さらには新しい挑戦を入れる。
 わたしは、絵を描いているクセに、どちらかというと絵より活字を信じていたので、絵を描くひとたちが具体的に何をやっているか、もう一つ分かっていなかった。彼らの発しているものをあわーく感じているだけでした。鈍感だったにちがいありません。

 でも、また、なぜか描かなくちゃと思いました。
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 しばらく小さいものを縫うことが多かったので、気分を変えて、画面を広げてみました。A3の段ボールに描いています。
 DM のデザインは、Su- 角谷慶さん(関西で、協同企画展ONSA(おんさ)の主催もされている)に作っていただきました。このDM の表裏を併せると、あらあら不思議、本当は一枚の絵に戻るという、とても面白い仕掛けなんです。
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 ぜひお越しくださいますようどうぞよろしくお願いいたしします!
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# by madozukin | 2016-08-04 22:22 | お知らせ
 きょう、犬が好きな女の子の気持ちについて考えた。わたしは、犬より猫が好きで、好きと言うよりあいまいな妥協していた。猫が欲しいわけでもない。単に犬の主人という責任を負いたくないのかもしれなかった。

 犬を好む女の子は、彼女自身が、主人でいたいのにちがいない。

 どろっとして、口をあーんと開けて泣きたいのに、そこでピタッと止まってしまうようなふしぎな展覧会だった。小説と陶のコラボレーション。「無名」という題がついている。読みながら観るという体験が面白かった。そして、あの犬とも狼とも言えないケモノが、内側にぽーんと飛び込んできたのだ。たくさん口を開けて。*東山三条 KUNST ARZT にて、11月1日まで。

 子供の時に母親から叱責されて、悲しくなって泣くのだが、激高した彼女に理詰めで問い詰められる。何かをやったんだと思う。何かやったから叱られているのだが、なんでやったんだと言われても、そんなの分からない。とっくに思い出せない。「泣くな」(甘えるなが言いたかったらしい)と言われても、泣いてしまって、シャックリが止まらなくなる。その時の不格好な、名付けるのがむつかしいなにか、何かを見たような気がした。

 高校生の姪っ子はウサギを飼っている。ウサギは口をあまり開けないな。バナナが好きなウサギらしい。
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 かれのすきと
 わたしのすきで
 あいだに
 隙間があって
 埋まらない距離が

 切なくて
 愛しくて
 ある時もう必要じゃなくて

 かれの周りをウロウロ回るも
 衛星よろしく
 距離は残って

 ほんとうの気持ちも
 取り繕った気持ちも
 まぜこぜで

 かれの幸せを願いつつ
 わたしが幸せでないので
 冷静になれません

 かれが振り向く瞬間を夢みて
 次の地平へ歩くまでの距離は
 考えると夢が萎んでしまうような

 わたしは その寸前で いつも金縛りになって

 そして 泣くのです あなたがいなければ苦しくなかったし
 また 嗤います あなたいなければ存在の小ささを意識せずに済んだから

 べつの瞬間
 
 振り向かないかれから
 独立の思いが沸き立ち

 かれを葬る呪文を思いつきました

 わたしのこころのこころのこころのそこから
 わたしのこころのこころのこころのそこから
 いなくなれと

 しかし かれはなんともなく
 むしろ 楽しそうに朗らかに

 わたしは 毎日怒りを膨らませ
 わたしは 日ごとに悲しくて

 この気持ちで復讐することにしたのです

 すると 不思議にわくわくし
 悲しい気持ちが消えました
 復讐できるような わたしは 弱くないからです
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# by madozukin | 2015-08-31 12:00 |